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東京地方裁判所 平成元年(ワ)12917号 判決

原告

土屋誠子

右訴訟代理人弁護士

鈴木誠

松山正一

被告

サンレイシッピング株式会社

右代表者代表取締役

鈴木充男

右訴訟代理人弁護士

谷正之

小島滋雄

主文

一  被告は、原告に対し、金一三二万七二〇〇円及びこれに対する平成元年八月二一日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金四一七万一二〇〇円及び内金三七九万二〇〇〇円に対する平成元年八月二一日から、内金二三万七〇〇〇円に対する昭和六三年六月一六日から、内金七万一一〇〇円に対する平成元年七月二二日から、各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、平成元年七月二一日限り被告会社を退職した原告が、基本給の額に係数一六・〇を乗じた額の退職金及び退職日から三〇日を経過した日(被告会社退職金規程による弁済期の翌日)からの遅延損害金の支払を求め、併せて、昭和六三年夏期賞与として当時の一か月分の賃金相当額及びその支払予定日の翌日からの遅延損害金の支払と、被告会社が原告に対して解雇の意思表示をしたとして解雇予告手当の不足分及びこれに対する退職日の翌日からの遅延損害金の支払と付加金の支払を命ずることを求めた事案である。

一(争いのない事実等)

当事者間に争いのない事実及び(証拠略)原告本人尋問の結果(第一、二回)、被告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、本件紛争の経過の概要は次のとおりである。

1  被告会社は、昭和四九年、スズキ海運株式会社の代表者でありオーナーである被告代表者鈴木充男が、同社常務の紹介で、中国関係の海運仲立業の営業に関わっていて独立して事業をしたいという希望を持っていた木戸昇と知り合って、同人と共同で設立した海運仲立業等を業とする株式会社(株式の保有比率は、本件当時、被告代表者鈴木充男が九〇パーセント、木戸昇が一〇パーセント)である。被告代表者鈴木充男と木戸昇は、いずれも被告会社の代表取締役であったが、その経営は、営業面を木戸昇が担当し、経理関係の一定額以上の支払に関する権限と総括的な権限とを被告代表者鈴木充男が保留するという分担になっており、その営業内容は、約九五パーセント以上が中国との貿易にかかる海運仲立の仕事であった。そして、被告代表者鈴木充男は、前記スズキ海運株式会社に専ら出社しており、被告会社には必要に応じてたまに出社するだけで、日常的業務の殆どを木戸昇に任せ、木戸昇が被告会社の日常業務を取り仕切っていた。被告会社は、平成元年七月まで東京都中央区日本橋茅場町に本社を置いていた。

スズキ海運株式会社も海運仲立業を営む株式会社であるが、その営業内容中、対中国関係の取引は全体の一パーセントにも満たない。

原告は、被告会社の設立後間もない昭和五〇年七月一〇日、被告会社に雇用され、以来、経理、総務、営業補佐等の業務に従事してきたものであり、被告会社の本件当時の従業員は、原告のほかには、営業担当社員である石山徹しかいなかった。

2  被告会社の業績は、相当好調な時期もあったものの、円高を契機にして、昭和六〇年ころ以降、下降線をたどるようになった。こうした背景から、被告代表者鈴木充男は、被告会社の本社を茅場町から前記スズキ海運株式会社の本社のある京橋に移転し、事務所維持費の削減と自己の直轄下に置くことによる経営の効率化、両社相互の業務内容の拡大を計りたいと考え、昭和六三年六月ころから、木戸昇に対して、被告会社の本社を右のように移転して、自己の直轄下で営業を継続することを提案していたが、木戸昇は、被告代表者鈴木充男の日常的指揮下に入ることを嫌って難色を示し、被告会社本社移転の提案になかなか応じようとせず、被告代表者鈴木充男から独立して事業を営みたいと考えるようになっていた。

被告会社の業績は、平成元年春には中国の政治情勢の変動、とりわけ同年六月四日の天安門事件の勃発による業務の頓挫のため、更に急激に落ち込むことが予想される事態となった。そのため、被告代表者鈴木充男は、木戸昇の拒否を予想しつつも、同月一〇日ころ、同人に対して、本社移転等の前記提案の早急な実現を迫ったところ、同人は、被告会社をやめ、独立したいという意向を明示するに至った。

かくて、被告代表者鈴木充男と木戸昇とは、同月半ば過ぎころには、木戸昇が被告会社を出ることに伴う問題を協議し、打ち合わせた。

そして、被告代表者鈴木充男は、木戸昇の独立に伴い、茅場町の事務所の賃借契約を解約して明け渡すことを決め、同契約上家主に対して三か月の予告期間を要する約定であったことから、右解約を急ぎ、同月二九日、茅場町の被告会社本社に赴き、同本社事務所の賃借契約の解約の申入れ書を起案し、原告に命じてこれを清書させ、出来上がった書面(〈証拠略〉)を原告とともに家主方に持参して交付した。その後、被告会社本社内で、被告代表者鈴木充男と木戸昇、石山徹及び原告の話合いがもたれた。

3  その前後を通じて、関係者間の協議の結果、木戸昇の独立に伴う問題は、次のように処理されることになった。すなわち、木戸昇は、同年七月末限りで、被告会社代表取締役を辞任し、被告会社における営業上の得意先を持ったまま石山徹を連れて、設立する新会社(商号・株式会社サンレイ)に移り、木戸昇が行っていた営業は中断のないまま継続される前提で、これによる収入に関して、約定の積み期が同年七月中のものは船積みがそれ以後にずれこんでも被告会社の収入とすること、石山徹は、木戸昇に従って被告会社を退職し木戸昇の下で働くということから、被告会社からの退職金の支払を受けないことなどが合意された(その他の詳細を含めて、同年七月二一日付けでその旨の確認書〔〈証拠略〉〕が作成されている。)。

4  平成元年六月二九日はもちろん、その前後に、被告代表者鈴木充男が原告に対して、積極的に原告を継続して雇用する趣旨での具体的提案をしたことはないが、また、原告を解雇する旨明言したこともない。他方、原告から被告代表者鈴木充男に対して、被告会社を退職すべき特段の自己都合のあることを明示して申し出たこともない。

5  原告は、被告会社の業務として日常的業務のほか残務整理を同年七月二〇日まで行い、同月二一日、スズキ海運株式会社の経理担当者を伴って被告会社を訪れた被告代表者鈴木充男に業務の引継ぎをした。そのように原告が被告会社に出社して勤務する時期については、あらかじめ、原告と被告代表者鈴木充男との間で話し合われて、合意されていた。

6  原告は、前記話合いのなされた同年六月二九日の前に、労働基準監督署に赴いて、被告会社が閉鎖されるとの前提で退職金等について相談をし、その後、同月二九日の話合いの場で、労働基準監督署に赴いて相談したことを話し、退職金について被告の回答を求め、被告代表者は、原告に対して、退職金額について同年七月一八日までには回答する旨約した。被告代表者は、同年七月一八日、原告に対して、電話で、退職金として一三二万七二〇〇円(すなわち退職金計算の基礎金額である基本給二三万七〇〇〇円に係数五・六を乗じた金額)で了承してほしい、その支払時期は、資金繰りの都合から同年八月三一日にしてほしいと話し、原告から、上乗せを要求されたが、これを拒否した。その際の話の中で、原告は、退職金の支払条件について書面を作成してほしいという要望をしており、これをうけて、同月二一日に担当事務の引継ぎをした際、あらかじめ、退職金の支払条件を明記する趣旨の「支払確認書」と題する書面の原稿を作成して石山徹にワープロで浄書してもらってあったもの(〈証拠略〉ただし、当時は退職金額欄は空欄)を被告代表者鈴木充男に示し、これに金額を明記して被告代表者名下に押印してくれるよう求めたが、被告代表者は、右書面の「支払期日」欄に「平成元年八月二五日」との記載があったことなどから、前の電話での話のときに八月三一日と話してあるはずだなどとしてこれを拒否し、改めて、同月二七日に話し合うことになった。

7  その後、原告は、雇用保険の支給を受けるため、離職証明書(〈証拠略〉は、その事業主控の写し)に、所定の事由を記入した上、「離職理由」欄に「会社閉鎖の為」と記載して、被告代表者鈴木充男に提出し、同人の押印を得て、同月二八日、所轄官署に提出した。

8  同月二七日、原告は、右「支払確認書」の退職金額欄に当時の原告の基本給額に被告会社退職金規程別表記載(2)の勤続年数一四年間に対応する係数一六・〇を乗じた三七九万二〇〇〇円という金額を記入して前記スズキ海運株式会社に持参し、被告代表者の押印を求める一方、決算書類を弁護士に預けた旨話した。被告代表者鈴木充男は、原告が決算書類を自己の手元に置くことにより話合いの材料にしようとしているものと思って激怒し、問答無用として原告を追い帰し、同月二八日、原告に対し、「平成元年七月六日に被告代表者鈴木充男の許可を受けることなく一〇万円を仮払いして私用に供したこと及び解雇勧告を受けたと事実にないことを記載した同月二一日付け支払確認書を持参して不当な退職金を要求し、右要求が受け入れられるまで決算関係書類を自己の弁護士に預けたと被告を脅迫したことにより、同月二一日付けで原告を懲戒解雇する」旨記載した「懲戒解雇通告」(〈証拠略〉)を内容証明郵便により送付した。

9  木戸昇は、予定どおり、被告会社の営業を引き継いで、石山を連れて独立し、被告会社には、木戸昇の出ていった後には現実の営業はなくなり、新たな仕事の具体的目途があったわけでもなく、また、原告に担当させるような経理等の実際の業務もなかった。

10  その後、原告代理人弁護士から、被告に対し、平成元年六月二九日に解雇通知を受けたという前提での退職金請求の催告書が送付され、これに対し、同年九月一一日、被告代理人弁護士から、原告に対し、(〈証拠略〉)による前記解雇の意思表示を撤回する、他に被告が原告を解雇したことはない、被告会社は事務所を京橋に移転して事業を継続しているので、原告に継続して業務に従事する意思があるのであれば、直ちに職場に復帰するよう要請する旨記載した内容証明郵便による通知(証拠略)がなされた。原告は、右通知を同月一二日受領したものの、既に被告代表者鈴木充男の下で稼働する意思をまったく持っておらず、被告会社に出頭しなかった。

しかして、被告は、同月二七日付けで、右通知が原告に到達した同月一二日の後二週間に及ぶ無断欠勤があるとして、それを理由に原告を同月二七日限りで懲戒解雇とすること及び同日までの給料の精算をするので直ちに連絡をするように記載した内容証明郵便による通知(〈証拠略〉)をした。

11  原告は、同年一〇月中旬には他に就職して稼働するに至っている。

二(中心的争点)

退職金請求については、別紙(一)(略)に関係条項を掲げた被告会社退職金規程に従って原告に退職金請求権が発生するか、発生する場合その金額はいくらかが、賞与請求については、これを請求し得る法律上の根拠があるのかが、解雇予告手当の不足分及び付加金の請求については、原告の退職が被告会社の解雇によるものであるかが、それぞれ中心的争点であり、原被告の各主張の要点は次のとおりである。

1  原告の主張

(一)(退職金請求)

被告代表者鈴木充男は、原告に対し、平成元年六月二九日、被告会社の茅場町の当時の本社事務所で、被告会社を平成元年七月末日限りで閉鎖すると告げたのであって、それは原告ら従業員を平成元年七月末日限り解雇する趣旨であるというべきである。原告は、被告代表者との間で、被告会社に出社する期間について話し合って決めたが、それは、被告会社からの解雇を前提としてのことであり、原告は、被告会社を自主的に退職したいなどと申し出たことはない。

原告には、被告会社を退職すべき自己都合などなく、被告代表者からの五・六の係数による退職金の提示を了承したことはない。

原告の退職は、被告会社の業績不振を理由とする被告の業務上の都合によるものであって、被告会社退職金規程3条2項本文に該当し、同規程別表記載(2)の勤続一四年間に対応する係数一六・〇により、原告には、三七九万二〇〇〇円の退職金支払請求権がある。

(二)(賞与請求)

賞与の支給額は、被告会社の業績、経理状況等を考慮の上決定される(就業規則賞与規程)、原告に対する従来の賞与支給額は、別紙(二)(略)のとおりであり、昭和六三年夏期賞与としては当時の給与一か月分相当額である二三万七〇〇〇円が適当であり、右賞与請求権が発生したものと解すべきである。

(三)(解雇予告手当及び付加金請求)

原告は、被告から、平成元年六月二九日に解雇の意思表示を受けたから、解雇予告手当九日分の七万一一〇〇円の支払請求権を有し、被告に対してはさらにこれと同額の付加金の支払が命ぜられるべきである。

2  被告の主張

(一)(退職金請求に対して)

被告代表者鈴木充男は、原告に対し、平成元年六月二九日はもとよりその前後には、原告を解雇すると述べたことはなく、むしろ、右同日の話合いの場で、原告から自分も退職するとの申し出があったのである。原告の退職は、原告の依頼退職であり、原告自らがすすんでしたことであるから、被告会社退職金規程別表記載(4)(略)の自己都合の場合の係数五・六が妥当するものと解すべきである。現に、原告は、被告代表者が平成元年七月一八日に電話で自己都合退職の係数五・六による退職金の支払を申し出た際、これを六・〇としてほしいと要求したが、被告代表者がこれを拒否すると、五・六でよいと承知している。

被告は、原告を懲戒解雇にしたから、前記退職金規程第3条2号ただし書により、被告には退職金の支払義務はまったくない。

(二)(賞与請求に対して)

原告の賞与請求の根拠はまったくない。

(三)(解雇予告手当及び付加金請求に対して)

前記のとおり、被告は、原告に対して、原告主張の解雇の意思表示をしたことはないから、解雇予告手当や付加金の支払義務はない。

第三争点に対する判断

一(退職金請求について)

1(被告退職金規定をどう解すべきか)

原告の退職金請求権の存否及びその額は、被告会社の退職金規程の定めに照らして審究すべきものである。そこで、まず、被告会社における従業員の退職金の発生要件及び退職金額の算定基準についての被告会社就業規則付属退職金規程をみると、同規程の関係条項は、別紙(一)(略)記載のとおりであり、要するに、同規程は、被告会社に二年以上勤続した従業員が第3条各項のいずれかに該当する場合に、当該従業員の基本給に第6条の示す別表記載(略)の係数を乗じた金額の退職金を支給することを定めている。しかして、原告は、原告の退職が第3条2項本文に該当すると主張するところ、同項は、「会社都合による解雇」を要件とするものである。そして、右各条項上の文言は、他の場合は「退職」という表現を用いながら、この場合に限って「解雇」という表現をとくに区別して用いていることからすると、この条項の「解雇」の文言は限定的なものであると解するほかはない。

ところで、同規程第6条によると、「第3条2項の場合の退職金は、第6条1項により算出した金額の外に労使双方で協議し加算する。」とされており、第6条1項において用いられる率は、別表記載(2)の率ではなく、同表記載(1)の率であるところ、原告は、同表記載(2)の率の適用を主張しているので、「業務上都合」という同表記載(2)に付記されているものが独自に退職金の支給根拠になるかのごとくに考えているものと解する余地がある。しかしながら、被告会社退職金規程3条は、退職事由を退職の理由、原因に従って、「停年による退職」(1項)、「会社都合による解雇」(2項)、「業務上の傷病で業務に耐えないことによる退職」(3項)、「業務上の事由による死亡」(4項)、「業務外の傷病で業務に耐えないことによる退職」(5項)、「業務外の事由による死亡」(6項)、「女子の結婚及び出産による退職」(7項)、「自己都合による退職」(8項)に分類し、第6条は、退職金の支給基準を「停年による退職」の場合は第5条の基礎金額に乗ずべき支給率につき(以下同じ)別表記載(1)の率を、「業務上の傷病で業務に耐えないことによる退職」、「業務上の事由による死亡」の場合は別表記載(2)の率を、「業務外の傷病で業務に耐えないことによる退職」、「業務外の事由による死亡」、「女子の結婚及び出産による退職」(女子の結婚及び出産を原因、理由とする退職のほか、女子が結婚前に退職し、退職後三か月以内に住民票等の市区町村長の証明書により結婚を証明した場合、結婚六か月以内に退職した場合、出産予定前四か月より出産後二か月までの間に退職する場合を含む。)の場合は別表記載(3)の率を、「自己都合による退職」の場合は別表記載(4)の率を、それぞれ適用し、「会社都合による解雇」の場合は別表記載(1)の率(すなわち、第3条2項及び第6条2項の「会社都合による解雇」は、退職の理由、原因の性質という観点からいえば、一見「業務上都合」に該当しそうであるのに、同規程はそのようには定めず、「定年退職」の率である同表(1)の率に加算を予定するという方法をわざわざとっている。)を用いて算出した金額の外に労使双方で協議し加算するものと定め、ただし、懲戒解雇の場合は原則として退職金を支給しないというように退職金の支給要件を明定していることからみて、右別表(略)における「事由」欄に、第6条で引用される(1)ないし(4)の番号だけでなく、「定年退職」、「業務上都合」、「業務外都合」、「自己都合」との記載が付記されている趣旨は、もとより、第3条及び第6条の定めと別個に退職金支給基準を定めているものと解すべきではなく、単に、第3条及び第6条の規定する退職事由の性質を簡略に示しているにすぎないものと解するのが相当である。したがって、別表記載の「業務上都合」というのは、第3条及び第6条で示される「業務上の傷病で業務に耐えないことによる退職」、「業務上の事由による死亡」の場合を要約して示しているものにすぎず、同表記載の「業務外都合」というのは、第3条及び第6条で示される「業務外の傷病で業務に耐えないことによる退職」、「業務外の事由による死亡」、「女子の結婚及び出産による退職」(前記各場合を含む。)の場合を指すものにすぎないのであって、「業務上都合による退職」、「業務外都合による退職」が、第3条及び第6条と別個に独自に、退職金支給の要件として定められているものではないというべきである。

なお、第3条及び第6条の各項は、その文言自体をみると、およそ考えうるあらゆる退職の理由、原因についてすべて完全に網羅して規定されているものとはいえず、また、一見して明らかな補充的、一般的条項が文言上明示されてもいない。しかし、「当社従業員が退職し又は解雇され又は死亡したときは、この規程により退職金を支給する。」と「総則」と題する第1条が定めていること、第3条の標題は、「退職事由の種類」とされていて、同条は、退職の理由、原因を個別に掲げるとともに、第6条の各項と一対一に対応させつつ、支給率等の基準を示すことに主眼のある体裁になっていることなどに鑑みると、第3条の事由のすべてが並列的な補充性のない厳密な意味での退職金支給要件の限定列挙であると解するのは相当でない。しかして、「停年退職」という事由や、別表において「業務上都合」と要約される「業務上の傷病で業務に耐えないことによる退職」、「業務上の事由による死亡」の事由や、同表で「業務外都合」と要約される「業務外の傷病で業務に耐えないことによる退職」、「業務外の事由による死亡」、「女子の結婚及び出産による退職」(前記各場合を含む。)の事由が、いずれもそれ自体として独立の事由として明確な内容を有すること、これに対して、「自己都合」という事由は必ずしも一義的に意味内容の明確なものではなく概念自体として補充性を有すること、のみならず、別表で「業務外都合」と要約される各事由も、一般の用語上「自己都合」に含まれるから、被告会社においては、これを特に「自己都合」の事由の中から取り出して独自の退職金支給基準としてより高率に定めたものと解することができることなどを総合して考えると、被告退職金規程は、第6条8項及び第3条8項を補充的、一般的規定として定めているものと解するのが相当である。

したがって、原告の退職が「会社都合による解雇」によるもので第3条2項本文に該当するかどうか、同項ただし書の「懲戒解雇」があったかどうかが本件における争点であり、右のいずれもが否定されれば、原告の退職の事実があるかぎり、その余の点について判断するまでもなく、別表(4)の率が適用されることになるというべきである。

2(被告代表者が原告に対して平成元年六月二九日に解雇の意思表示をしたものといえるか。)

平成元年六月二九日及びその前後のころに、被告代表者が原告に対して、解雇という表現を用いた意思表示をした形跡はまったくない。

さらに、その前後の状況を総合して解雇の意思表示の存否を検討してみても、黙示の場合を含め意思表示である以上、確定した意思の存在とその表示行為とが認められることを要するところ、本件においては、右のいずれをも認めるに足りない。

すなわち、まず、原告は、平成元年六月二九日に被告代表者が「被告会社を閉鎖する」と言ったとして、それが解雇の意思表示に該当すると主張し、原告の第一回尋問における供述中には、これに沿う供述部分がある。しかしながら、右の時点の前後の状況に関する原告の供述は、相当曖昧で、原告自身、右の被告代表者の発言の趣旨は、「クローズ」ということではなく、「事務所を明け渡す」ということだけであると述べてもおり、前記供述によって被告代表者が被告会社を閉鎖するとそのとき述べたものとにわかに断定することはできない。

なるほど、前記のとおり、被告代表者は、原告に対して積極的に継続雇用を前提とする具体的提案をしたことはなく、さらに、次に詳述するように、木戸昇の独立により被告会社の当面の営業を休止せざるを得ないことになってその本店事務所の賃借契約を解消してこれを明け渡すことを決意するに至った時点で、原告を被告会社従業員として継続して雇用していくことについて具体的、現実的方策を積極的に考えていなかったものと認められる。

すなわち、被告代表者は、被告において原告の雇用を継続し得たし、その意思があった旨供述するが、前記のとおり、木戸昇の出ていった後には、被告会社の現実の営業はなくなっており、新たな仕事の具体的目途があったわけでもなく、また、原告に担当させるような経理等の実際の業務がなかったのであるから、被告代表者が原告を継続して使うことができたと述べるのは観念論にすぎず、その供述の趣旨としても、結局のところ、高々、同人の経営する前記スズキ海運株式会社の仕事につかせる余地があると主張するものにすぎないと解される。さらに、被告代表者は、被告会社を企業として閉鎖するわけではなく、当時においても、被告会社には暖簾があり、スズキ海運株式会社との合併の構想もあったと強調するが、被告会社の営業面をほぼ全面的に担当していた木戸昇が新会社を設立するに際して被告会社の取引先をすべて持って出て、株式会社サンレイとして営業をするに至り、茅場町の事務所を明け渡せば他に殆ど資産もない状況である以上、有形の資産や具体的取引先といった側面だけでなく中国関係の海運仲立の営業の実績等の無形の側面をも考慮しても、被告会社自体に現実的な暖簾が残存していると解するのは困難であり、被告会社の暖簾は実質的には木戸昇が引き継いだ形になっていると推認され、被告会社に信用その他の無形の価値がなお残っているとすれば、それは被告代表者自身の信用等に由来するものだけであるといわざるを得ない。してみれば、これをもって、被告会社の暖簾であるというのは現実味がなく、仮に、被告代表者が鈴木海運に被告会社を合併する考えを持ったことがあったとしても、木戸昇が中国関係を中心とする被告株式会社の得意先を持って被告会社を出て新規に会社を設立するという事態が現実化した時点において考える限り、被告代表者に被告会社を鈴木海運に合併するという現実的かつ具体的構想があったと解することは極めて困難である。右のような事情に鑑みると、被告代表者において、被告会社本店事務所の賃借契約の解消という事態を迎えながら、さらに、積極的に、原告を継続して被告会社従業員として雇用していく具体的、現実的方策を考えてはいなかったものと考えられる。

しかしながら、原告の言動をみると、被告代表者尋問、第一、二回原告本人尋問の各結果によれば、原告は、平成元年六月に至って、被告会社本社事務所の閉鎖という事態を迎えることを察知し、茅場町の本社事務所が閉鎖されて自分が退職した場合の退職金のいかんなどについて、同月二九日より前にあらかじめ労働基準監督署に赴いて尋ねてきていること、同月二九日に話合いに先立って被告代表者から茅場町の被告会社本社事務所を明け渡すと言われたのであるから、もし、被告会社に継続して雇用されることを希望しているのであれば、自分の被告会社における地位がどうなるのかなどと自己の雇用契約上の地位いかんに関して尋ねるなどするのが通常であろうと考えられるのに、何らそのような態度を示さず、かえって、明確な解雇通告を受けていないのに、労働基準監督署に行って退職に関して尋ねてきている旨発言し、被告代表者との間で退職金についての交渉に入っていることが認められる。同日の右話合いの場での原被告相互のやりとりの具体的な経過は、原告の供述も被告代表者の供述も極めて曖昧、不明確であるため、これを確定的に認定することはできないが、右の原告の態度からみると、原告は、既に、被告会社に残って勤務を継続したいという雇用関係継続の意思を有せず、その前提で行動していたものと考えざるをえない。こうした原告の言動に対応させて考えれば、被告代表者の当時の意思内容として認定し得るのは、前記の限度にとどまり、被告代表者が原告の意思いかんにかかわりなく、原告との雇用関係を一方的に解消しようと決定したことまでを認めることはできず、さらに、その言動についてみても、平成元年六月二九日当時においては、被告代表者が原告との雇用関係を解消しようとする意思を表現したと認めることのできる事情は何もない。認定し得る前記の事実だけで、解雇の意思とその表示があったとすることができないのはもちろんであり、他にも、被告代表者が、原告の意思いかんにかかわらず、原告との雇用関係を一方的に解消しようとする意思を確定的にしてこれを表現したと認めるに足りる証拠はないから、結局、被告代表者から原告に対して解雇の黙示的意思表示がなされたものと断ずることはできない。

そうすると、被告から解雇されたことを前提とする原告の請求は理由がない。

3 しかして、一方、原告は、平成元年六月二九日の話合いの際には既に、被告会社に残って勤務を継続したいという意思を有せず、その前提で行動していたもので、他方、被告代表者も、原告との雇用関係の継続について消極的であったことは前記のとおりであり、平成元年六月二九日以来、被告会社代表者が原告による決算書類の持ち出しに激怒して原告を懲戒解雇にすると言うようになった平成元年七月二七、二八日までの間は、原被告ともに、当初約した勤務の終期である同月二〇日又は原告の担当業務の引き継ぎの行われた同月二一日における原被告間の雇用関係の終了を前提として終始行動していたことが明白であって、このような客観的状況に照らすと、原被告間の雇用契約関係は、同月二一日限り原被告相互の了解の下に解消されたものと解するのが相当であり、法律上は、右雇用契約は平成元年七月二一日限り合意解約されたものとみるのが相当である。

4 被告は、原告を懲戒解雇にしたから被告には退職金支払義務がないと主張するところ、その懲戒解雇が前記のいずれの解雇通告を指すのか不明であるが、被告代表者本人が出した(証拠略)の通告(それ自体に、平成元年七月二七日の出来事を理由に同月二一日付けで解雇するという矛盾のある点や、被告自身が(証拠略)の内容証明郵便による通知でこれを撤回している点は措く。)にせよ、(証拠略)の通告にせよ、いずれも既に原被告間の雇用関係の終了した後になされた意思表示であるから、法律上無意味なものというべきことはもちろんであり、他にも前記雇用関係終了前に懲戒解雇の意思表示がなされたことを認めるに足りる証拠はない。

5 してみれば、平成元年七月二一日をもって被告会社を退職した原告には、その余の点について判断するまでもなく、被告会社退職金規程別表(4)の係数五・六による退職金一三二万七二〇〇円及びこれに対する平成元年八月二一日からの年五分の遅延損害金の支払請求権がある。

二(賞与請求について)

第一回原告本人尋問の結果によれば、昭和六三年夏期の賞与は、被告会社の業績が悪かったことを理由として支給されなかったことが認められる。原告は、同尋問において、業績が悪かったとはいえ例年の決算状況と対比すると自分としては少しは賞与が出るのではないかという期待感があったとか、当時の業績からみて一か月分くらいは支給されてしかるべきだと供述するけれども、被告会社の「賞与金規程」(〈証拠略〉)によれば、賞与は従業員の業績を報償する目的で支給するものとされ、その支給額は、被告会社の業績、経理状況等を勘案の上その都度決定されるもので、各従業員に対する支給額は支給対象期間中のその者の勤務状況、被告会社に対する貢献度等を勘案して査定するものとされており、被告会社による査定、決定を経ずして具体的に発生するものではないことが明らかであって、具体的賞与請求権の発生を肯定し得る事実は、これを認めるに足りない。

三(解雇予告手当及び付加金請求について)

前記のとおり、被告が原告を解雇した事実は認められないから、解雇予告手当及び付加金請求は理由がない。

(裁判官 松本光一郎)

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